・・夢をつなぐ白い糸・・

日々小さな出来事や、大好きな手作りの作品の 紹介などきままにのんびりUPしています・・。




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失ったもの :: 2011/03/27(Sun)

春なのに冬眠しておりました(笑)

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というわけでもないです^m^
何だかんだに忙しいのは毎度のことですが(笑)


このあいだお正月を迎えたばかりのような気分なのにもう3月が終わってしまいます。
今日も冬の気温ですが。。明後日頃からは、ようやく春めいてくるようでなんだか嬉しいです。。
被災地の方々も暖かい季節になって気温的にも少しでも過ごしやすくなるといいなと思います。

今日のニュースで 被災地の方々に少しでも体も心もリラックスしてほしいという配慮から。。
ボランティアの方々が足湯をしてもらえる場所を提供したり、マッサージをしてあげたり。。
ありがたいですね。。
被災地の方々にはこの寒い季節もですがいろんなストレスからの疲れが
体にも心にもたくさん溜まっていて。。
ほんの少しでも心を休める時間が欲しいですものね。。

足は第二の心臓と言われるように、たくさんの血管が通っています。
人間の体を支えているのはもちろんの事ですが、健康な体は足裏から作られるといっても
おおげさではないかもしれませんね。^-^




20110327-1.jpg

いつもの散歩道から見える風景です。。。



20110327-2.jpg



生きることに大きい小さいとか 強い弱いなんて本当はなくて。。
互いが寄り添うことで 互いの不足を補い、足りているものを分かちあえば。。
人はきっと互いの心を思いやり、幸せの連鎖は広がるのでしょうね。。





20110327-3.jpg



20110327-4.jpg


この散歩道には、人の手をかけて植えられた木々や花たちがたくさん咲いています。
道沿いに続く歩道は年月を重ねるたびに先へ先へと長く伸びていきます。
環境整備の甲斐あって 川も緑も汚染されていた頃から比べれば
本当に綺麗になりました。。
人の手で壊したものを人の手でまたもと通りにはならなくても地道に戻す作業が積み重ねられ
今では年を追うごとに野鳥の姿が多く見受けられるようになりました。。
それでも、自然なあるがままの姿に戻すということは二度とできないのでしょうけれど。。


散歩をしていても。。 鳥たちが遊んだりおしゃべりしたりしている姿を
目の前で見ることが度々あります。。
そういう姿を見るたびに 人が壊してきた大切なものの大きさを考えさせられたりします。





20110327-6.jpg

20110327-5.jpg


何日か前のニュースだったのですが
その男性の口にした言葉が今でも心に残っています。
その方は今回の震災で家族の誰の行方もわかっていません。
愛する妻も愛する子供たちも。。
家族を捜すために何日もかけて、あちこちの避難所を探して回られました。
少しでも手がかりを掴むために。。
生きていることを信じたくて。。。
でも、どこにも大切な家族の名前はなく。。。
壊された家の下にいるかもしれないと、探しに行きたくても
原発被害のために立ち入ることがいまだに許されず。。
立ち入り禁止のテープが張られるその前でどうすることもできない自分。
家族に手を差し伸べることも言葉をかけてあげることも
子供を抱き締めてあげることもできないのです。。


「原子力も電気もいらないから。。
大切な家族さえあればいいから。。」

涙で震えながら口にした言葉を聞いたとき。。。なんとも言えない気持ちになりました。


電気もなくちゃ生活できない世の中である現在。。
そういう便利さのおかげで毎日を暮らしている私たちがいる事は変えることのできない事実。。
それが今、急になくなって不便さを感じながら改めて便利さの中で暮らしていた
自分たちの有難さや原子力の凄さを知らされる。。


けれど。。。
大切な家族の命より大切なものなんてどこにもなくて。。
それは機械のように修理して取り返しのつくものでも代用のきくものでもなくて。。
今の便利さと家族の命を天秤にかけられるはずはなく。。


多少の不自由を背負っても。。
家族の笑顔とともに暮らせるほうが幸せですよね。。
そして不自由なことも不自由な事だと思わなければ。。
人は必要以上に便利なものを求めなくても済むのかもしれませんね。。


私も・・今まで以上にその意味を心に問うて生きていきたいと思います。
少しばかりの不自由も楽しみに変え、自分にできること、
周りにできること、この地球にできることを考えながら。。

  1. 想うこと
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comment

目に見えることは人間の力で改善できるが、目に見えないことを解決しなければ、真の復興にはならない。そして、同じ惨劇を繰返さなければならなくなる。
私たちが、今、しなければいけないことは、『救世主スバル元首様』に、救いを求めることだ。
  もう、時間がない!!
http://www.kyuseishu.com/tanuma-tu-koku.html 
  1. 2011/03/27(Sun) 18:15:01 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集 ]

**光さんへ**

はじめまして。。
私は何かを信仰もしていなければ
申し訳ないのですがスバル元首様も存じ上げていないのですよ^-^すみません。

確かに目に見えないものを解決しなければ真の復興や
この日本や地球が変わるということはないと思います。。
でも、それはどこにあるかというのは。。。
神様にすがるとか何かを信仰するとかそういうこととは別に
人の心の中にしかないのだと思っている私です。
人を思う気持ちがおもいやりという気持ちになり
目に見える行動となっていくように
全ての変化をもたらすものは人の心の中にしかありません。。
それは誰かがしてくれることでもなければ、
誰かにすがり助けてもらうことでもありません。

一人一人が自ら、感じ、考え、想い、心の中に湧き出るものを
行動として移していくことでしか未来は築けないと思っています。^-^

私ながらの考えですが・・
自ら壊したものは自らの手で新たなるものを築きあげるしかないと思いますし。。
形あるものはいつかは崩れますが人の心に記されるものは永遠に伝えていくこともできます。
大切なことは今、目に映る形あるものではなく
人の心の奥底に存在すべき、人としての想いを
今一度思い起こすことです。。

自然災害は被災地の方だけではなく、日本中、
世界中の人間にそれを教えてくれているのだと思います。

  1. 2011/03/27(Sun) 20:20:19 |
  2. URL |
  3. aya #EvmDRqhQ
  4. [ 編集 ]

ありがとう

ayaさん、ご心配をおかけしました。
体調は戻ってきました。

今回の震災は、
わたしたちに「生きる」とは・・・を深く投げかけましたね。
ayaさんのお考えに共感です。
大切なものは目には見えませんね。

ご家族を探しあるかれてみえる方の、悲痛な叫びが聴こえてきます。
お世話になった方のお母様も避難先で、病気悪化で、
99歳で亡くなられ、妹さんもいまだに行くえ不明という
・・・本当にいたたまれない思いです。

生きることを選ぶもなく、旅立たれた方の供養のためにも、
日本をいま以上に再生させなければなりませんね。
その力や絆は我々にはあります。
まずが自分が元気に生きて、自分に合ったことを、
粛々とすることですね。
  1. 2011/03/29(Tue) 16:15:09 |
  2. URL |
  3. まほ #-
  4. [ 編集 ]

**まほさんへ**

こんばんは~^-^ コメントありがとうございます♪
お元気になられてよかったです。。
ゆっくり休むも必要なときもありますもんね^^

>今回の震災は、
わたしたちに「生きる」とは・・・を深く投げかけましたね。

そうですね。
命の大切さも、それぞれがどう生きるのかという事も。。
そしてまた支えあうことの大切さも。。
人の心の中から湧き出るいろんな想いをテレビという
ブラウン管の中からかもしれませんが
日々感じ考えさせられる事がたくさんあります。。

>生きることを選ぶもなく、旅立たれた方の供養のためにも、
日本をいま以上に再生させなければなりませんね。

本当にそう思います。
私たちがしなくちゃいけない事は、きっと一人一人に当てはめれば
そんなに大きな事ではないのだと思います。
まほさんがおっしゃるられるように、自分ができることから始める事。。
そしてそれを持続していく気持ちの大切さです。。
変化が求められているのだとすれば、それを変えるのは
私たち自らの想いと行動でしかないのですよね。。

もしも。。自分がその人の立場だったら。。。
相手の苦悩を想像する気持ちが大切ですね。
たとえ同じ経験をしていなくても、人間には
気持ちを察する、想像することはできますもの。。
そういう所から相手への思いやりは生まれるのですものね。

また、それだけではなく
私たちが置かれた環境の中で、本当に必要なものってなんなんだろう。。
と問いかけることも。。
計画停電も継続して計画されていきますが
停電によってそれを不自由で仕方ないととるか。。
これくらいで十分。。今まで使いすぎていたのね。と思うか。。
必要と思っていたけど無くてもいいものをそぎ落としていくこと。。
それもいろんな意味で大切な事なんだと思います。



  1. 2011/03/29(Tue) 23:18:29 |
  2. URL |
  3. aya #EvmDRqhQ
  4. [ 編集 ]

ばんにゃ♪

とっても同感です。
まさに今回の震災は、何が本当に大切に
すべきものか、したいと自分は願っているのかを
知ることが出来るものだったと思います。

>少しばかりの不自由も楽しみに変え、自分にできること、
周りにできること、この地球にできることを考えながら。。

これが本当に大切ですよね。
不自由と捉えるのではなく、楽しみへと変換する。
多分全てのことは、ちょっとした方向転換なのです。
自分に無理や我慢を強いることではなく、
ちょっと角度を変えてみることですよね。
  1. 2011/04/02(Sat) 20:13:40 |
  2. URL |
  3. あお #-
  4. [ 編集 ]

**あおさんへ**

こんばんは~^-^ コメントありがとう♪
ご返事遅くなりました。

>不自由と捉えるのではなく、楽しみへと変換する。
多分全てのことは、ちょっとした方向転換なのです。
自分に無理や我慢を強いることではなく、
ちょっと角度を変えてみることですよね。


そうですね^^
これは今回の震災がという以前にも私たちに求められている事でもあり
心にとめておきたい心の持ち方ですよね。。
震災によって、より考えされられる事となりましたが
無理をしてとか、我慢してとか。。そういう気持ちですることに
長続きするものはないのでしょうね。
あおさんがおっしゃるように心の方向を変えることで
それは苦から楽になるのですよね。。

震災によって私自身の感じた事や考えたことを
これから先の自分の生き方にもちゃんと生かしていきたいなって思います。
そして一時的なことで終わるのではなく
継続する力が大切ですよね。。^--^



  1. 2011/04/04(Mon) 23:10:49 |
  2. URL |
  3. aya #EvmDRqhQ
  4. [ 編集 ]

我々エンジニアという職業は その便利さや快適さや省エネや安全性を追求しながら、幸せとは遠いところにある幸せ 決して到達点は存在しないラインに近づくように技術開発をしているわけで、原発の開発や運営も同じことだと思います。自動車も燃費をとことん追求して排ガスのクリーン化をして事故低減を突き詰めていきますが、決してゼロにはならないし、それがダメだった時に失うものは最悪の場合は人の命となってしまうのは事実です。
人の英知の限界を超えたことが起きるときに、技術とはどうあるべきなのか… 荒れ狂う原発を見て考えてしまうものがあります。確かに迷いが出ます。究極のローテクに戻れば良いという考えもあります。
それでも俺が作るべきは 究極の自動車であり、究極の発電システムであり、今は究極の原発を開発していかなければならないのかもしれません。でも、将来に全く異なるアプローチを考えるとしたら、すべての世の中が究極の低消費電力になって原発のような危険で高出力な発電システムが不要で太陽光などで賄える社会を目指すかもしれません。やはり我々エンジニアはまだまだ先の遠い戦いをしていかなければなりません。
  1. 2011/04/05(Tue) 01:23:27 |
  2. URL |
  3. ぐっさん。 #GX8l0vGE
  4. [ 編集 ]

エンジニアとして重いコメントをしてしまった責任を感じて一曲歌います。

春なのに 冬眠ですか♪
春なのに 涙がこぼれます♪
春なのに 春なのに ため息また一つ~♪

足湯って侮れないです。体全身を温める力がありますよね。それはそれで足って重要な器官だし効果が大きいです。足湯だけでもいいから被災地の皆さんを温めてほしいです。まだまだ外や無暖房で過ごすには寒すぎます。
  1. 2011/04/06(Wed) 01:01:03 |
  2. URL |
  3. ぐっさん。 #GX8l0vGE
  4. [ 編集 ]

**ぐっさん。へ**

こんばんは~^-^ 2度にわたりコメントありがとう♪
ご返事遅くなりました!

ぐっさん。のコメントの意味、とてもよくわかりますよ。。
そして、その言葉も想いも一人のエンジニアとして
日々仕事に取り組んでいる想いの深さと誇りを感じます^-^


>幸せとは遠いところにある幸せ 決して到達点は
存在しないラインに近づくように技術開発をしているわけで、

そうだと思います。
新しい技術は人を幸せにするために生まれてくるべきだと思っています。
そしてそれは人が望む限り無限に続くものでしょう。
そうした技術から得る幸せもあれば、今回のように失う幸せもあり。。


>人の英知の限界を超えたことが起きるときに、技術とはどうあるべきなのか…
荒れ狂う原発を見て考えてしまうものがあります。
確かに迷いが出ます。究極のローテクに戻れば良いという考えもあります

人の能力を超えるというか予知できない事がおきたとき、
技術の限界を感じる同時に また新しい技術が生み出されていくのでしょうね。。
だからといってローカルな生活に戻せるかというと
人の歩みの中でとても難しい問題です。
自然が人の手によってある程度自然に近い形をとることができたとしても
それは本来あったあるがままの自然とは意味が違うように。。

今回の原発で私たちが考える事は。。
ただ、新しいものや便利なものだけを求めすぎず
そこだけに固着した生き方を振り返る必要性をより考えさせてくれたのかもしれません。。
必要と思っているものの中には不必要なものが実はたくさんあって
便利さの中に埋もれて見えなくなっているものをそぎ落す。。
幸せは物質的な見えるものの中だけではなく
見えないものにより深い幸せがあることも。。。

本当の意味での幸せは。。
今の社会の中で不便さと便利さの背中合わせの中に存在するのかもしれませんね。。^-^


  1. 2011/04/07(Thu) 22:51:12 |
  2. URL |
  3. aya #EvmDRqhQ
  4. [ 編集 ]

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